破損しても読める秘密:QRコードの仕組みと「誤り訂正符号」の完璧設計

日常の科学

序章:破損しても読める「秘密の暗号」

スマートフォンで四角いパターン、すなわちQRコード(Quick Response Code)をスキャンするだけで、瞬時にウェブサイトにアクセスしたり、決済を完了したりできます。しかし、QRコードの表面が汚れていたり、一部が破れていたりしても、なぜかほとんどの場合、問題なく読み取りが成功するのでしょうか?

この「破損しても読める謎」の背後には、情報科学と数学の原理を応用し、データの中に「予備の情報」を完璧に埋め込む「誤り訂正符号(ECC)」という、驚くべき設計のトリックが隠されています。

本記事では、このQRコードの秘密を解明するため、コードの幾何学的構造という証拠、誤り訂正符号というトリック、そして数学的なリード・ソロモン符号という容疑者を徹底的に追跡します。


1. 容疑者の正体:二次元コードと「正確な位置特定」の証拠

QRコードが他のバーコードと一線を画す最大の利点は、「二次元」で情報を持ち、読み取りのための位置特定(アライメント)が極めて正確である点です。

🔹 秘密兵器:位置検出パターン(ファインダーパターン)

QRコードの三つの角には、特徴的な「回りの細い枠と中の太い四角」という位置検出パターン(Finder Pattern)が配置されています。このパターンにより、読み取りデバイスは、コードの正確な位置と傾き、大きさを瞬時に把握できます。この瞬時の位置特定能力が「クイック・レスポンス」を可能にしています。

🔹 活性化のスイッチ:複数の補助パターン

QRコードが正確に読み取れるのは、この三隅の主要なパターンだけではありません。

  • タイミングパターン: コードの縦横に走る、白黒が交互に並んだ線状のパターン。コードのサイズやセルの間隔を正確に認識するために使われます。
  • アライメントパターン: 大型のQRコードに一つ以上配置される小さなパターン。傾きや歪みをより正確に補正するために使われます。

補足:コードの自己識別能力

QRコードは、読み取り時にまず、自身のバージョン(サイズや複雑さ)と誤り訂正レベルに関する情報も特定領域から読み取ります。この情報によって、スキャンする側のデバイスは、コードのサイズや、次にどのアルゴリズムで復元するかを判断するのです。


2. 犯行の瞬間:リード・ソロモン符号と「データの予備」トリック

QRコードの最大のトリックは、データ本体と一緒に、そのデータが破損した場合に備える「予備情報」も同時に記録している点です。

🔹 犯行パターン:誤り訂正符号(ECC)の埋め込み

QRコードは、記録するデータ全体をブロックに分け、それぞれのブロックに対して、誤り訂正符号(Error Correction Code: ECC)という冗長な計算結果を生成し、コードの空いている部分に埋め込みます。

このECCこそが、コードの一部が欠損しても、残った情報から欠損した部分を数学的に復元する能力を持っています。

🔹 容疑者の計算:「リード・ソロモン符号」

QRコードが採用している誤り訂正符号のアルゴリズムは、リード・ソロモン符号(Reed-Solomon Codes)という、強力な数学的手法です。

この符号は、失われたデータ(セル)があっても、残りの情報を使って「元々の情報が満たしていたはずの数学的な方程式」を解くことで、データを完全に復元します。この技術は、CDやDVDのデータ補正にも使われており、信頼性の高い技術です。


3. 謎が深まる理由:耐障害性の「レベル設定」

QRコードの設計は、破損の程度に合わせて、4段階の誤り訂正レベルをユーザーが設定できるようになっています。

レベル訂正可能な欠損率主な用途
L(Low)約 7%データ量優先
M(Medium)約 15%一般的な使用
Q(Quartile)約 25%屋外広告など、汚れやすい環境
H(High)約 30%極めて高い耐障害性が求められる環境

この設定により、コードが全体の約30%(Hレベル)も破損していても、残りの情報と予備情報(ECC)を使って元のデータを完全に復元し、読み取ることが可能です。これが、QRコードが多少の汚れや傷に負けない、驚異的な「タフさ」の秘密です。


4. 科学に基づいた応用:進化する二次元コード

QRコードの成功原理は、他のデジタル通信技術にも応用されています。

🔹 データ容量の拡大

QRコードの基本設計をそのままに、さらなる大容量化を実現したマイクロQRコードやiQRコードなどが開発されています。これらは、より複雑なデータや、漢字・画像データなどを効率的に記録するために利用されています。

🔹 3次元誤り訂正

リード・ソロモン符号は、光通信や衛星通信など、ノイズによるデータ破損が避けられない分野でも不可欠な技術です。特に、データの時間軸方向の破損まで訂正する3次元誤り訂正の研究は、デジタル時代における情報伝送の信頼性を支えています。

まとめ:QRコードは「冗長性の勝利」

なぜQRコードは読み取れるのか?

それは、QRコードが位置検出パターンで正確な位置を把握した後、データ本体と一緒に、誤り訂正符号(ECC)という「冗長な予備情報」を記録しているからです。このECCは、リード・ソロモン符号という数学的アルゴリズムに基づいており、コードの最大30%が破損しても、残りの情報から失われたデータを数学的に復元できるという、完璧な設計になっているのです。

QRコードの成功は、「情報を冗長に(余分に)持たせる」ことの重要性を示した、情報科学における「冗長性の勝利」なのです。

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