序章:海を越える「光のバトンリレー」

私たちがインターネットを通じて瞬時に地球の裏側と繋がったり、高解像度の動画を遅延なくストリーミングできたりするのは、光ファイバーという細いガラスの糸が、超高速でデータを運び続けているからです。
なぜ、電気信号を使う従来の銅線ではなく、光を信号として使うことで、これほどまでに膨大かつ高速な通信が可能になるのでしょうか?
この「超高速通信の謎」の背後には、物理学の原理を巧妙に利用し、光をケーブルの中に完璧に閉じ込めて走らせる「全反射(ぜんはんしゃ)」という、壮大なトリックが隠されています。
本記事では、この光ファイバーの秘密を解明するため、信号を光に変えるレーザーという証拠、光を閉じ込めるガラスの層構造というトリック、そして全反射という物理法則の容疑者を徹底的に追跡します。
1. 容疑者の正体:光の信号と「レーザー」という高速スイッチ

光ファイバーが超高速通信を可能にする最大の理由は、信号伝送に光(レーザー)を利用している点にあります。
🔹 秘密兵器:半導体レーザーと光の速度
データは、電気信号から半導体レーザーによって光信号に変換され、ON(1)とOFF(0)のパルスとして伝送されます。光は秒速約30万キロメートルという宇宙で最も速い速度で移動するため、圧倒的な高速通信が可能です。
🔹 活性化のスイッチ:光の「波長」
光通信に使われる光は、ガラスを通過する際にエネルギーの損失(減衰)が最も少ない、人間の目には見えない近赤外線の領域の波長が選ばれます。
2. 犯行の瞬間:コアとクラッドの「屈折率トリック」

光ファイバーが超高速を維持できるのは、光がケーブルの外に漏れることなく、内部を完璧に走り続けるからです。
🔹 秘密の構造:コア(Core)とクラッド(Clad)
光ファイバーは、光の通路となる中心部のコアと、それを覆うクラッドという二重構造です。コアの屈折率がクラッドの屈折率よりもわずかに高く設定されています。
🔹 犯行パターン:「全反射」という光の閉じ込め
光がコアからクラッドへ進もうとすると、入射角が臨界角を超えた場合、光は境界面を一切透過せず、100%コア内部へと反射されます。これが「全反射」です。
光ファイバーは、光が常にコアとクラッドの境界面で全反射を繰り返しながら、光速に近い速度でケーブル内部をジグザグに進み続けるように設計されています。
補足:光の通り道による違い(モード) 光ファイバーには主に二つの種類があります。シングルモードファイバー(SMF)は、コアが極めて細く、光が一つの経路のみを通るため、長距離・大容量通信(海底ケーブルなど)に使われます。一方、マルチモードファイバー(MMF)はコアが太く、光が複数の経路を通るため、短距離・比較的低速な通信(LAN内など)に使われます。
3. 謎が深まる理由:減衰の最小化と「分散」の克服

光ファイバーが超大容量の通信を可能にしているのは、信号の減衰が極めて少ないことに加え、高速化を妨げる課題を克服しているからです。
🔹 ノイズ耐性の高さ
光信号は、従来の電気信号と異なり、外部からの電磁ノイズの影響をほとんど受けません。これにより、信号の減衰が少なく、超長距離を安定して伝送できます。
🔹 高速化の壁:「分散」とその対策
光ファイバー内の光パルスは、伝送するうちに時間と共に「広がる」(分散)現象が起こります。パルスが広がりすぎると隣のパルスと重なり、情報が読み取れなくなります。
高速・長距離通信では、この分散を防ぐために、分散シフト光ファイバーなど、特定の波長帯域で光パルスの広がりを最小限に抑える技術が非常に重要になります。
4. 科学に基づいた応用:未来の光通信技術

光ファイバーは現在も進化を続けており、さらなる高速化と大容量化が試みられています。
🔹 WDM(波長分割多重) 一つの光ファイバーの中に、波長の異なる複数のレーザー光(色の異なる光のイメージ)を同時に流し込み、それぞれ独立した信号として伝送する技術です。これにより、一本のファイバーで伝送できる情報量を劇的に増やしています。
🔹 OFC(オール・ファイバー・ケーブル) 通信のボトルネックを解消するため、通信の全てを光で行い、家庭の末端まで光ファイバーを敷設するFTTH(Fiber To The Home)が進展しています。
まとめ:光ファイバーは「物理法則の勝利」

なぜ光ファイバーは超高速通信ができるのか? それは、光ファイバーが、屈折率の高い中心部(コア)と屈折率の低い外側(クラッド)という二重構造を持つことで、光が境界面で全反射を繰り返し、ケーブルの外に漏れることなく、光速に近い速度で超長距離を走り続けるからです。
光ファイバーは、光の速さと全反射という物理法則を完璧に利用した、現代通信技術における「物理法則の勝利」なのです。
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